ハロー、調子はどうだい?

毎日勉強に追われている中で、ある日曜日に僕は、ホームステイ先のマリアに教会に連れて行ってもらった。僕自信全く宗教に関して関心はなかったが、マリアはクリスチャンであったから僕に一度は参加してみるように勧められた。

まあ、こんな機会はあんまりないだろう。文化の吸収という意味で一回参加するのも悪くない。

マリアに運転してもらい、礼拝に向かうと、そこはバカでかい教会だった。なんというか教会という感じが全くしなくてもっと官僚的なサバサバした建物という感じだった。中に入ると、そこはさらに教会感がなくなっていて、小さなステージの前に1000人くらい座れるシートがズラーっと並んでいた。

思っているものと全然違うぞ、と思いながら席につくと、前の席に座っている年寄りが僕の方を振り向いてニヤッと笑った。

「ハロー。調子はどうだい?」

と話しかけてきた。僕はとりあえず会話に応じたが、それが終わるとまた1人。それが終わるとまた1人。という感じで人がどんどん僕に話しかけてくる。みんな笑顔を見せて、「ハロー、調子はどう?」とロボットのように話しかけてくるのだ。

あたりを見回すとみんな同じようなことをしていた。とにかく知らない人に話しかけて手を握ったりハグをしているのだ。日本ではありえない異様な光景だ。

歌詞がわからないキリスト教の歌

そうこうしているうちに、ギターを持った若い男がステージに立ち、同時にどでかいスクリーンがゆっくり降りてきた。するとその男はギターを弾き始め、スクリーンに英語がズラズラ並んでいるのが読めた。すると僕の周りの人たちが全員歌い出すのだ。スクリーンに映っているのは曲の歌詞である。僕はメロディーも歌詞も知らないのでボケーっとして立っていた。早く帰りたい。

Jesus(イエス様)がどうのこうのという歌がとめどなく流れた。おそらく30分くらい歌っていただろう。そしてそれを歌っている人たちは胸に手をあてハンカチで涙を拭いている。

そして歌のくだりが終わると、司会者が出てきて、

「さあみんな、周りに座っている人たちに挨拶しよう!」

と言い、またみんなウロウロ歩いて新しい人を見つけては「ハロー、調子はどうだい」と聞くのだった。このくだりさっきやったよ。

僕が宗教を嫌う理由

これは個人的な意見だが、僕はまず宗教というものをアホだと思っている。とにかく宗教という存在は科学の発展を阻害してきたものだし、今世界で起こっている戦争の一因も宗教の違いによるものだ。それに、これはどの宗教にも言える話だが、自分の身の回りにいる人を自分の宗教に巻き込もうとする。

例えば、これは僕が1人でランチをとっている時の話だ。いきなり隣に白人の若い男が座ってきて僕と話し始めた。この頃、何も知らなかった僕は友達ができたことを少し嬉しく思って会話に付き合っていた。すると、彼は「君の宗教は何?」と聞いた。僕は何も信仰してない、と答えると、彼は僕に日曜日に教会にくるように説得するのだ。「なんだこれが目的か」、と少し落胆してしまった。

留学をすると、そういう奴らが必ず君に寄ってくる。特に友達が欲しい時期には思わずイェスと言ってしまいそうになるが、ここでしっかり断ることが重要だ。上記に書いた通り、彼らの「他人を愛せ」というのは上っ面だ。「調子はどうだい」という声かけの裏には「本当は興味ねえけどな」という一面がある。

ちなみに、シリコンバレーというのをご存知だろうか。シリコンバレーとはサンフランシスコにある一画で、そこには世界中のスタートアップが集まり、世界に革命を起こす若き起業家や、それに乗っかって大儲けしたい投資家で溢れている場所だ。GoogleやAppleもシリコンバレーで生まれた会社だ。

実はこのシリコンバレーはキリスト教を受けつけない。技術の発展には科学の発展が不可欠であり、世の中の神羅万象は全て合理的に説明できる、という思想の持ち主で溢れているため、キリスト教的な考えは全く受けつけないのだ。神が全てだって?Bullshit(糞食らえ)だ。

いきなり洗礼を受けた中国人

おっともう1つ。僕の留学仲間に、中国からきたAngelという女がいるが、彼女は友達にキリスト教を勧められ、友達付き合いということで礼拝するようになった。そして数週間後、なんと彼女は洗礼を受けてキリスト教の一員になったのだ。洗礼とはよく分からん水たまりに全身浸かって「ようこそキリスト教へ」と言われる儀式だ。たった数週間礼拝しただけでそこまでするかね?

と言っても、まあ宗教は個人の自由だ。僕個人的には解せないが、まあそれで幸せになるんだったら勝手にしたらいい。信仰しないで鬱になるよりマシだ。

ということで、僕の初めての宗教体験だった。あまりいい思い出ではないが。こういうこともあるよ、というのを知ってもらえただけでよしとしよう!