ダイキの過去

English 101の授業で、お互い大変な思いをしているということがわかり、僕はダイキをランチに誘った。彼はなんだか表情がさっきよりも和らいでいる。やはり同じ日本人がいるのは嬉しいのだろうか。

ダイキは僕の一個下で当時20歳であった。彼はなんと高校からアメリカにいるということで、しかもその学校はテネシー州の高校だったという。スポケインよりもずっと田舎の街で過ごし、学校は寮制で色々と大変な思いをしたらしい。当時はお金をセーブするために満足に食事もできず、腹の減った日には文字通り「塩」を舐めていたという。ちなみに彼のアメリカ・ネームである「Steve」は高校時代の恩師に付けてもらったようだ。彼は中学まで福岡にいたらしく、もっと大きな人生の舞台を求めてアメリカにやってきた。

すごくないか?中学でそんなこと考えるなんて。僕なんてテニスしかやっておらず、勉強しにアメリカに行きたいなど微塵も考えなかった。

ダイキは高校卒業後、四年制大学にそのまま入学しようと思ったが、満足した大学に入ることができず、コミカレで再起を図ろうとしているようだった。将来的にはカリフォルニア大学バークレー校 (UC Berkeley)に行きたいと思っているらしい。僕がテキサス大学に行きたがっていることを言うと彼は驚いた顔をしていた。どうやら彼にとってもテキサス大学は行きたい学校のトップ5に入っているらしい。まあ、まさか2人ともテキサス大学に行くなんてことはないだろう。

彼はビジネス (Business)、もしくは経済 (Economy) の勉強をしたいらしい。彼の話を聞いていると、相当賢いやつだというのがすぐに分かる。彼の高校時代の成績ももちろんそうだし、話し方から振る舞いまで全て頭のいいやつのそれだ。きっとバークレーに編入できるに違いない。

編入の壁

しかし、彼は「そんな簡単なものではない」、と僕に色々説明してくれた。彼の編入の知識はかなりのものだった。ビジネスや経済学、という専攻のため、コミカレでは常に理数系でレベルが高い授業を受けなければならず、さらにそれぞれに置いてGPA4.0を取らなければならないという。

例えば、どの大学にもCalculus (微分積分)のクラスがあるのだが、僕はPre-Calculusというものを受講していた。それは微分積分で少しレベルを落としたものだったが、彼によるとPre-Calculusは編入において意味をなさないという。僕は映画学専攻にする予定だったのでこれは別に編入には響かなないが、彼によるとビジネスや経済学専攻で編入を目指す場合、Calculusの授業でGPA 4.0を取るのが超重要らしい。やはり、大学の編入ではGPAで平均3.9-4.0をとる必要があるようだ(超ハイレベルな大学への編入の場合だ)

ということもあって、彼にとってこのEnglish 101は予期してなかったサプライズだったようだ。一般的にEnglishは鼻をほじっていても成績4.0を取れるものだが、このEnglish 101の授業は彼が今まで受けてきた授業で最も難しいものだ、という。僕もダイキも、今のままでは英語の成績は3.5あたりになってしまう。これは難関校合格への大きな痛手になってしまう。誤解しないで欲しい。自分でいうのもなんだが僕もダイキもかなり勉強はできる。努力不足だというかもしれないが、僕もダイキも寝る間も惜しんで死ぬほど勉強してこの結果なのだ。

ダイキと僕の関係

2人でEnglish 101について色々文句垂れていたが、僕も彼も目指すところは一緒(難関校への編入)、ということでお互い情報交換をすることになった。今まで彼を敵対視していたことに少し恥ずかしくなった。やっぱり、日本人の友達がいることは心強いものだ。

僕は勉強するときに、ダウンタウンのスタバとか、ショッピングモールですることが多かった。ショッピングモールのフードコートは結構雰囲気がよく、遅くまでオープンしていたのでそこでよく勉強をした。そしてダイキもたまたまそこが気に入ったらしく、よく2人で鉢合わせて同じテーブルで勉強をした。腹が減ったら、お互いパンダ・エクスプレスなどでご飯を買って夕食を食べながら談笑した。飯が終わったらお互い勉強に戻り、夜の12時までそこにいた。今思うと、編入への不安もあったが、普通に楽しかった。

正直にいうと、スポケインにいる日本人は、意識が高くなくて、僕が遊びそっちのけで勉強をする姿勢に理解をしてくれる人が、このダイキを除いては1人もいなかった。彼はスポケインにいる日本人の中でおそらく最年少だったが、彼の勉強量は尋常じゃなかった。スポケインで1番勉強をしている人間だっと思う。

彼も「遊びにきているわけじゃない」ということは重々分かっていたので、常に勉強が第一だった。そんな日本人はおそらく僕とダイキ以外にいなかったと思う。だから僕もダイキもお互いの事情をよく理解し、互いにリスペクトし合った。そして僕らは同時によきライバルであり、同じ授業をとった暁にはお互いの成績を競い合い、また一方が苦しんでいる場合には手を差し伸べた。

今思えば、彼の存在はかなり大きかった。彼との物語は、この先もっと続く。彼は今後頻繁に登場することになるだろうが、彼の存在は未来の留学生に重要なヒントを与えることになると思う。彼の勉強ぶりは凄まじい。そして、行きたい学校に編入する、ということは彼のように「全てのクラスでA+をとるんだ」という気持ちで臨まなければならない。もし、君が彼のように全身全霊をかけて勉強にコミットする自信がないのなら、留学はあまりうまくいかないだろう。